英国のラグジュアリーブランド、ジャガーが2024年12月に発表した「Type 00(タイプ・ゼロゼロ)」は、単なる電気自動車のコンセプトカーではない。ブランドのデザイン哲学からプロダクトのあり方、さらには顧客との関係までを再定義する、新生ジャガーのビジョンを具現化した一台である。
ロングノーズとファストバックを組み合わせた彫刻的なシルエット、23インチの大径ホイール、真鍮や天然石を取り入れたインテリア。そこには、既存のEVの定石にとらわれず、クルマを芸術作品として捉えるジャガー独自の姿勢が表れている。
そして2026年10月、そのデザイン思想を受け継ぐ市販4ドアGT「Type 01」が発表された。Type 00は、ジャガーが目指す未来をどのように示し、次世代のプロダクトへとつながったのだろうか。
2024年のマイアミで世界初公開された「Type 00」
ジャガーType 00は、2024年12月に米国フロリダ州で開催されたMiami Art Weekで世界初公開されたコンセプトカーである。
発表の舞台として自動車ショーではなく、アートやデザインの世界から注目を集めるイベントを選んだことも象徴的だ。ジャガーは今回の変革を、パワートレインの電動化だけではなく、ブランド全体の再構築として位置づけている。
その背景にあるのが、創業者サー・ウィリアム・ライオンズが掲げた「Copy Nothing(何もののコピーでもない)」という理念だ。既存の価値観や他ブランドの成功例を模倣するのではなく、自らの美意識によって新しいラグジュアリーを生み出す。その思想を、Type 00は大胆なプロポーションと独創的な素材表現によって視覚化した。
「Type」という名称は、E-Typeなど、ジャガーの歴史を彩ってきたモデルとのつながりを示す。一方、最初の「00」は排気管からの排出ゼロを、2つ目の「0」は新たなモデル・ラインアップの出発点を意味する。
つまりType 00は、過去への敬意を残しながらも、内燃機関を中心としてきたジャガーの歴史から新しい時代へと踏み出す、その起点を示した存在なのである。
「Exuberant Modernism」が描く新しいジャガー
Type 00を理解するうえで欠かせないのが、ジャガーが掲げる新しいクリエイティブ・フィロソフィー「Exuberant Modernism(エグジュベラント・モダニズム)」だ。
この思想は、3つの要素によって構成される。
- Exuberant(豊かな表現):自由で大胆、躊躇のない創造性を追求すること。
- Modernist(モダニズム):未来を見据え、世界から刺激を受けながら、新しい表現を生み出すこと。
- Compelling(人を惹きつける力):デザイン、感覚、体験を統合し、顧客との意味あるつながりをつくること。
この哲学では、伝統を尊重することと、伝統的なデザインを繰り返すことは同義ではない。
ジャガーには、E-Typeをはじめとする美しいスポーツカーの歴史がある。しかし、その遺産を現代的なEVの外形にそのまま当てはめるのではなく、ブランドが本来持っていた独創性そのものを再び際立たせようとしている。
Type 00のデザインが従来のジャガーのイメージから大きく離れているのは、そのためだ。過去の様式を再現するのではなく、過去の名車が持っていた「時代を先取りする大胆さ」を現代に置き換える。それが、このコンセプトカーに込められた意図である。
ロングノーズとファストバックが生み出す彫刻的なエクステリア
Type 00のエクステリアで最も印象的なのは、EVとしては異例ともいえるロングノーズと、緩やかに傾斜するルーフラインの組み合わせだ。
フロントからリアへと流れるシルエットは、一般的な電気自動車に見られるパッケージ効率を優先した造形とは一線を画す。長いボンネット、低く構えたキャビン、後方へと絞り込まれるファストバック形状、そしてボートテールを思わせるリアエンドが、静止していても強い存在感を生み出している。
足元には23インチのホイールを装着。ジャガーの公式紹介によれば、コンセプトカーのホイールはアルミニウムの一枚材から削り出されたもので、中央には新しいモノグラムが配されている。ホイールそのものも、機能部品であると同時に造形作品として扱われているのだ。
フロントでは、水平基調の面構成とコーナーに配されたライトが、ワイドで安定感のある表情をつくり出す。ボディ表面は極力フラットに整えられ、必要なとき以外はカメラやエアインテークなどの存在を目立たせない。
リアにはガラスのないテールゲートと、ボディと調和するガラスルーフを採用。横方向へ伸びる「Strikethrough(ストライクスルー)」のグラフィックが、リア全体をひとつの造形としてまとめ上げる。
さらに、バタフライドアとパンタグラフ式のリアハッチも採用されている。これらは量産車の実用性を前提とした仕様ではなく、Type 00というデザインビジョンの演出性を強調する要素だ。
クルマを単なる移動手段としてではなく、建築や工業デザインに通じる立体作品として捉える。Type 00のエクステリアは、そうしたアプローチを一貫して示している。
マイアミピンクからロンドンブルーまで、色彩に込められた意味
Type 00の発表時には、対照的な2色が用意された。
ひとつは「Miami Pink(マイアミピンク)」と呼ばれるサテン・ローダン・ローズ。マイアミのアールデコ建築に見られるパステルカラーへの敬意を込めた色であり、経年によって変化した真鍮が帯びるローズ系の色合いからも着想を得ている。
もうひとつは「London Blue(ロンドンブルー)」と名づけられたインセプション・シルバーブルーだ。1960年代のジャガーE-Typeに採用されたオパレスセント・シルバーブルーに着想を得ており、ブランドの英国的なルーツを表現している。
この2色は、単に印象的なボディカラーを提示するためのものではない。新しい表現への大胆さと、ジャガーが積み重ねてきた歴史。その両方を異なる色彩によって示す試みである。
さらに2025年には、パリでのファッションウィークやモナコでの展示において、「French Ultramarine(フレンチ・ウルトラマリン)」と名づけられた特別なカラーも披露された。サテン調の仕上げと専用顔料によって、Type 00の大胆なボディラインを際立たせている。
クルマの色を単なる選択肢ではなく、文化や芸術に結びつく表現として扱う姿勢も、Exuberant Modernismを構成する重要な要素だ。
真鍮、トラバーチン、テキスタイルが織りなすインテリア
Type 00のインテリアは、デジタル技術を全面に押し出す一般的な先進EVのアプローチとは異なる。
キャビンを構成する主な素材は、真鍮、トラバーチンと呼ばれる天然石、そして織物である。光沢のある金属だけでラグジュアリーを表現するのではなく、石の質感やファブリックの温かみを組み合わせることで、建築や家具に近い空間をつくり出している。
特に印象的なのが、インテリアの中央を貫く約3.2メートルの真鍮製スパインだ。フローティング構造のインストルメントパネルと組み合わされ、キャビン全体に建築的な奥行きを与えている。
シートは天然石のプラットフォームを思わせる構成の上に配置され、ウールブレンドのテキスタイルがシートやサウンドバー、フロアにまで展開される。素材ごとの触感や色の重なりによって、視覚だけではなく、触覚にも訴える空間を目指している。
テクノロジーの見せ方にも独自性がある。ダッシュボード内のスクリーンは必要に応じて展開し、収納スペースも電動で開閉する。技術を常時露出させるのではなく、使う瞬間にだけ姿を現すことで、素材や造形の美しさを損なわないよう配慮されている。
ジャガーが目指すのは、デジタル機器の存在を強調することではなく、技術をラグジュアリー体験の一部として自然に溶け込ませることなのだ。
五感に働きかける「Prism Case」という発想
Type 00のインテリアをさらに特徴づけるのが、「Prism Case(プリズムケース)」と呼ばれるパーソナライゼーションの仕組みである。
このケースには、真鍮、トラバーチン、アラバスターという3種類の自然素材を用いたトーテムが収められている。乗員がそのうちのひとつをセンターコンソールに配置すると、選択した素材に応じてアンビエントライト、サウンドスケープ、スクリーンのグラフィック、さらには香りまでが変化するという構想だ。
素材を選ぶ行為そのものが、車内空間を自分の感性に合わせて整える体験につながる。
これは、従来の高級車における内装色やトリム素材の選択とは少し異なるアプローチである。単に好みの仕様を注文するだけではなく、乗るたびに空間の雰囲気を変え、五感を通じてクルマとの関係を築くことを意図している。
もちろん、Prism Caseを含むこれらの仕組みはコンセプトカーで提示されたものであり、そのまま市販モデルに採用されることを意味するわけではない。しかし、ジャガーが次世代のラグジュアリーをどのように考えているのかを理解するうえでは、重要な手がかりとなる。
アートとカルチャーを舞台にしたブランド再構築
Type 00の発表から見えてくるのは、車両そのものだけでなく、それを取り巻く体験も変革の対象になっているということだ。
世界初公開の舞台に選ばれたMiami Art Weekに続き、Type 00は2025年にパリやモナコでも披露された。同年5月には東京で、アーティスト兼アートディレクターのYOSHIROTTENと協業したインスタレーション「Tokyo Future 00」を展開。光、色彩、映像、音響を組み合わせ、車両を空間全体の演出の中心に据えた。
このような発表手法は、ジャガーがクルマを販売するだけのブランドにとどまらず、アートやファッション、建築、音楽といった文化領域との接点を広げようとしていることを示している。
同時に、販売のあり方にも変化が見られる。ジャガーは、世界の主要都市において、地域の文化や環境を反映した限定的なブランドストアを展開する構想を示してきた。パリの高級ファッション地区も、その候補地のひとつとして挙げられている。
商品を中心に据えながら、デザインや空間、文化的な体験までを一体として設計する。Type 00は、ジャガーが目指すブランド体験全体を可視化した存在でもある。
Type 00の思想を受け継ぐ市販モデル「Type 01」
Type 00の発表時、ジャガーは新世代の市販車として、専用の電動車両アーキテクチャ「JEA(Jaguar Electric Architecture)」を採用する4ドアGTを予告していた。
そして2026年10月7日、ニューヨークで発表されたのが「Type 01」である。Type 00で提示されたデザイン哲学を初めて市販車として具現化するモデルであり、ロングノーズ、低いルーフライン、23インチホイール、ガラスのないリアゲート、水平基調のストライクスルーなど、その特徴的な意匠を受け継いでいる。
市販モデルのType 01は、単に展示用のコンセプトカーをそのまま製品化したものではない。4ドアGTとしての実用性や空力性能、運動性能、快適性を成立させるため、専用のJEAを基盤に設計されている。
ジャガーの公式発表によれば、Type 01には最高出力最大1,030PS、最大トルク1,365Nmを発生する3モーターの電動パワートレインが搭載され、0-100km/h加速は最速3.1秒とされる。使用可能容量118kWhのバッテリーを備え、航続距離は最大400マイル(約644km)、350kWの急速充電では最短13分で200マイル分の航続距離を回復できるという。いずれもメーカー発表値であり、実際の航続距離や充電時間は条件によって変わる。
生産は英国で2027年に開始される予定で、北米市場では2027年初頭から受注を開始すると発表された。日本市場における価格や導入時期については、別途発表を待つ必要がある。
Type 01の登場によって、Type 00が提示したビジョンは、単なるデザインスタディではなく、新しいジャガーの製品戦略につながる具体的な方向性として見えてきた。
ジャガーの未来を占うデザイン・ステートメント
Type 00が示したのは、電気自動車としての性能や効率だけを追求するのではなく、デザイン、素材、色彩、空間、そしてブランド体験を総合的に捉え直すというジャガーの意思である。
E-Typeに代表される歴代モデルが、自動車デザインの歴史に強い印象を残してきたように、Type 00もまた、未来のジャガーを語るうえで欠かせない一台となった。
その表現は大胆であり、従来のジャガー像から大きく離れている。しかし、伝統を忠実に再現することだけが、ブランドの歴史を受け継ぐ方法ではない。過去の名車がそうであったように、時代の常識に挑み、新しい価値観を提示することもまた、ジャガーらしさのひとつだ。
「Copy Nothing」という理念を掲げ、新たなラグジュアリーEVブランドとして歩み始めたジャガー。その方向性が市場にどのように受け入れられるのかは、これからの重要な論点である。
Type 00は、その挑戦の出発点を象徴するコンセプトカーであり、Type 01は、その思想を市販車へとつなぐ最初の大きな一歩なのである。












































































